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本棚のすき間でつかまえて

本の感想をばかりを書いているブログです。

イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」 翻訳:米川良夫

12編からなる短編集。短編の感想はどう書いたらよいものか……
律儀に一遍を読み終えるたびに感想を書いていたら、ずいぶんとボリュームのあるものになってしまった(それでいて1編あたりの書き込みは少ないので内容は中途半端)。短編の感想をどう書くのかは今後の課題とします。とりあえず1編1編で感想を書きましたのでアップします。


【月の距離】
これは主人公Qfwfq老人が語る昔話のひとつです。その昔、月と地球の距離がとても近かったころの話。それも一番近づくときには月の引力によって海が満ちて盛り上がり、手を伸ばせば届きそうなくらいにまでに……、と書くと比喩? と思われそうですが、そうではなく、リアルに手が届く位置まで互いの星は近づくのです。
海面は月に引き寄せられて盛り上がるので、船に乗って脚立を伸ばして引力の境目を超えてしまえば月に降り立つことが出来る。そして振り返ると中空はまるで無重力であるかのように地球から引っ張られた魚や海藻やらが浮かんでいる。海面からぶどうの房のようにぶら下がっている船と人間の姿を見ることが出来るという、なんとも幻想的な描かれ方をします。
そんな舞台で語られるのは若かりし頃のQfwfq、彼の従兄、船長、船長夫人をめぐる恋物語。みんなは船に乗り、満潮の日に月に降りて仕事をして戻ってくるのですが――、ふたつの星は自転と公転を続けるゆえにやがて離れていくのです。恋心と思惑が月と地球のあいだを行き交って、それらの物語はやがて離れていくふたつの星の運命と重なりあい、今なお続く話として終わっていく。
幻想的というか、一作目からカルヴィーノのイマジネーションの世界に一気に惹きこまれる話になっています。頭のなかで想像したものを魅力的な作品として作り上げることの出来る才能に感服します。


【星の誕生】
今回、Qfwfqが語るのは自分が星雲の円盤の上にいた頃の話です。星雲の円盤とは太陽系が出来あがる前に宇宙空間に漂っていたもやもやとしたガス状態の集合のこと……、ここではQfwfqは人間ですらない。では何?と聞かれても困ってしまうのですが。元素か原子かあるいは何かの塊か……、とにかく宇宙を彷徨う何かが擬人化されたものなんです。そしてQfwfqには家族がいて従兄弟がいて互いに会話をしていたりする。
これは太陽系が出来あがる過程をその場所にいた者たちが語るというもの。暗闇しかなかった空間にやがて太陽が生まれ、暗闇ははじめて光と対となることが出来たという話だったり、ドロドロだった地球がやがてその上に立つことのできる塊となっていったという話があったりする。そして現在に至るということなのだと思われます。
ちなみに今作は全部で12編ありますが全編とおしてQfwfqという存在は共通します。Qfefqとは何なんでしょうか? カルヴィーノはここにも解けない謎を残していくわけです。


【宇宙のしるし】
この話ではQfwfqは銀河の端っこのあたりを回っています。宇宙空間を漂っているということです。3編目もこんな感じですからQfwfqが誰かなんてことには、たいした意味もないように思えてきます。宇宙が出来あがった当時からそこにある何かというくらいの解釈が丁度いいのかも……。まあ、我々の体は星の欠片からできているなんて言われますから、Qfwfqは部分でもありそのものでもあるということなんでしょう。
Qfwfqは銀河を回っています(一周2億年)。そこで一周したときが分かるようにしるしをつけようとするわけです。しかしその時の宇宙にはしるしとなるモノなんて何もない、それでも何かをしるしとしようとするんです。ここが面白いんですけど……、そもそも「しるし」とは何か? 周りと比べたときに違があって成り立つもの。そこでQfwfqはとにかく何かの違いをつくったんです(それが何かは解りません)。しかし回っている間にQfwfqはどんなしるしだったかを悩むことになる。しるしとは何か……、何でも相対的にしか把握されない世の中の面白さ。わけが解らないのに妙に伝わってくる感じがたまりません。


【ただ一点に】
宇宙の初期にはすべてのエネルギーが一点に集まっていたと言われている。今回のQwfwqの話はその一点に自分がいた頃の話。すべてが一点にあった。それはぎゅうぎゅう詰めなのではなく、重なっていたのだとQfwfqは語る。いろいろな奴がいて――、嫌な奴もいれば、誰もが好きになってしまう人(人?)もいたと言う。しかもその人はみんなにスパゲティを作ってあげたいと言ってくれたとQwfwqは語る。しかしそこには残念ながら空間がなかったのです。
舞台は変わってQfwfqが人間となり生活を送っていた時の話。ある時にただ一点にいた時の知人に偶然にも出会うことができた。思わず昔話を語り始める2人。あのスパゲティを作ってくれると言った人(人?)はどこへ行ったのか?としみじみする。それもそのはずで、ただ一点はビックバンで弾けてしまい一瞬にしてみんなは散り散りになってしまい出会うことなんておそらくないのですから。
あらすじで書くとわけが解らない。でも読むと不思議とグッとくる。カルヴィーノの巧さは読者に連想させることなのだと思う。無機質なモノの物語は、いつのまにか自分(読者)の経験に置き換わっている。あの瞬間の自分の気持ちに近いのかもしれないと連想してしまう。いや、させられてしまうのです。


【無色の世界】
これは地球に海や空気が出来る前の話です。その頃の地球は月のように岩や砂でできた灰色だけの無色の世界だった。大地に立てばすぐそこは宇宙の闇。昼と夜はあるものの太陽に照らされた灰色の大地を見るか、夜になった暗闇を見るかの違いがあるだけだった。Qfwfqはそこでアイルという女性に出会う。Qfwfqはコミュニケーションを取りたいものの空気がないために声は伝わらず(振動する媒体がないので伝達しない)ジェスチャーで意志の疎通をするしかなかった。ある時に光るものを見つけてQfwfwqは「美しい」と彼女に伝えた。しかし彼女は「否」と返す。Qfwfqが色鮮やかな世界を憧れているのに対して、彼女にとっては無色の世界こそが絶対的な美だったのである。
やがて地球には変化が起こりはじめて海ができ、緑が生まれた、大地は色とりどりのものたちで満たされていきQfwfwqはその美しさに目を奪われるばかりだった。アイルはそれを嫌い地中に潜ってしまうが、感動を共有したいQfwfwqは嘘をつき彼女を地上に連れてこようとする…… さていかに、という話。
5編目までくると何が語られても驚くことはありません。ただただカルヴィーノの想像力の豊さに圧倒されるばかり。気になることと言えば、この短編集が宇宙の成り立ちの順番になっていないこと。何かの意図があるのかどうか?


【終わりのないゲーム】
これは宇宙の膨張についての話。宇宙の膨張にともなって密度は薄まっていくはずだけど、ここに書かれている理論で言えば、二億五千万年ごとに四十立法センチメートルのなかに水素原子が一個生まれれば、その濃度は保たれるらしい(なんのことだかよく解らないけれど……)。
この短編のモチーフはそれ。QfwfqはPfwfpという友達とアトムを競争させるゲームをしている。遊んでいるうちにアトムは無くなっていくらしく、なくなれば新しいアトムを見つけてこなければならなかった。しかし時が経つにつれてアトムは見つからなくなっていく。それなのにPfwfpはたくさんアトムを持っていて、オカシイと思ったQfwfqが調べてみるとそこにQfwfqのズルを見つけてしまう。頭にきたQfwfqは自分もズルをやり始めるのだけど、それによってこのゲームは終わりのないものになっていく……という話。
描かれているのはモチーフそのものといった感じ。他の作品ではモチーフに何かがプラスαされ厚みが生まれていたが、今作に関しては[終わりが無い・膨張・繰り返す]というあたりを描き、物語としては淡白。僕個人としては動かされる感情はなかった。むしろ冒頭で書いた宇宙の仕組みの方に漠然とした感動を覚えた。


【水辺に住む叔父】
生物の進化をモチーフにした話です。水のなかで生まれた生物がゆくゆくは陸地へと上がっていき、そこを棲みかにしていくわけですが……、主人公であるQfwfqはこの時、その中間あたり(両生類)をやっています。Qfwfqは陸地を自由に動き回っている生物に憧れています。Qfwfqは陸地を棲みかにする生物になりたいわけです。しかし一族のなかの叔父だけは断固として水のなかから離れることを認めません(叔父だけは水のなかにずっといます)。だから一族はいまだに両生類という中途半端な生物をやっているわけです。
ある時QfwfqはLIIという生物に恋をします。LIIは陸地を自由に動き回っています。Qfwfqの恋はみのり二人のつき合いがはじまります。しばらくした後にQfwfqは叔父にILLを紹介することになります。叔父のことを恥ずかしく思うQfwfq。しかし叔父は堂々としています。ILLに水のなかで生きることの意味を熱く語りだすのです。さて、その後はいかに……という話。
抜群に面白いです。進化には長い年月がかかるはずですが、そんなのはおかまいなしです。それぞれの進化の道のりはキャラクター達の意志(考え方)として語られます。進化は生き様だという感じです。この話のオチは発想の転換――、当たり前としていた価値観をひっくり返してくれます。良い悪いは別にして何かの気づきのようなものがあります。


【なにを賭ける?】
これは物理学でいうところの決定論を扱っている作品なのだと思います(エネルギーやら原子やらの関係性によって動き出したものの未来は、何もかもが詞でに決まっているという……)。ここでのQfwfwqは何者なのかは解りません。ただ宇宙の誕生時から存在している何かという存在です。Qfwfwqは部長と呼ばれるもう一人と賭けをします。Qfwfwqが計算して予測をして、それが実際にそれが起こるかどうか?と部長に賭けをしかけるわけです。宇宙誕生時から現在に至るまでの予測ですから、銀河が出来るか?とか、どの星に大気が出来るか?とか、最終的にはどっちのサッカーチームが勝か?とか。未来を予測するという行為はどこを切り取っても成り立ってしまうから、対象は何でもいいというのがこの話の面白いところです。だって銀河の成り立ちからサッカーの勝敗までが同じテーブルに乗るんですから。これにはどんな時でも賭けが好きだと言う揶揄があると思うし、決定論という身も蓋もない理論を笑い飛ばしてしまう感じもある。いや、どうだろう……もしこの世が決定論だとしたならば、誰もがその法則を見つけたいと思うはずだから、こういう賭けは必然と言えるのかもしれない。宇宙の構造(成り立ち)と人のもっている衝動(勝負心)がありえない次元で組み合わさっている作品なのかもしれません。


【恐竜族】
タイトル通り恐竜をあつかっている話。ただし恐竜絶滅後の世界において、ある意味恐竜が伝説となってしまった世界を描きます(まさに現在と言えるかもしれない。ただし人間らしきものは出てきません)。この世界には新しい種族が生活を送っていて、彼らは恐竜がどんな存在だったのかを想像して伝説化していきます。そこに本当の恐竜の生き残りが現れるのですが(それこそが主人公)、しかし新しい種族はそいつが恐竜がどうかが解らない。勝手に空想して勝手に神聖化したり、限りない恐怖の対象にしているせいで目の前に本当の恐竜がいることに気が付かない……という話です。
これも面白い。今現在において恐竜はあれこれ研究され実態に近いものが見えてきているのでしょうが、ただ太古に地球を支配していた生物としてのロマン……、虚飾に彩られた恐竜ブランドが出来あがってしまっているような気がします。そこら辺の感覚をチクリと揶揄するような滑稽さがある話だと思います。
ちなみに今作Qfwfqが出てきません。何故か? Qfwfwqという存在がますます不思議に思えてきます。


【光と月日】
ある時に1億光年離れた星に「見タゾ!」と書かれたプラカードを見つけて焦りを覚える主人公(この主人公はQfwfqなのかどうかは解りません)。1億光年離れた星ということは折り返しで2億年前の出来ごとに対して書いてきているのである。そこで2億年前のその日の出来事を振り返る主人公。はて、どう返事をしたものか……。
宇宙は膨張しているから星と星との距離は、この瞬間にも離れている。2億年で届いた光は今では3億年も4億年もかかることになるだろう。それどころかやがて膨張スピードは加速していて、星によっては光速を超える速さで離れている。ということはその内連絡も取れなくなり弁解の余地がなくなってしまう。
そうこうしている内に他の星からもプラカードを見つける主人公。距離が違えば光が届く時間にも違いがある。主人公の行動は反射して光となってこの瞬間にもどこか遠くへと広がっているのである。
発想の転換ですね……。地球では宇宙を観測して過去の星の姿を眺めているわけですが、同様に我々も見られているとも言える(見る人がいれば、だけど)。この話はそれを逆手にとって宇宙規模の出来ごとを人間規模の出来ごとに置き換え面白可笑しく語っている。我々が何かの失敗をしでかした時に、その情報は宇宙規模でどこまでも広がっていくという不思議さを示している。


【渦を巻く】
美しい生き物は美しくなろうとしたわけではない。結果、美しい……それだけのことである。簡単な組み合わせの繰り返しが思いもよらない造形美を生み出したりする。これはそんな意思なきところに生まれた美をモチーフにした恋物語
ただし恋と言っても軟体生物の恋である。目を持たない軟体生物たちは触れる感覚(岩やら水やら、そこに含まれる生物やら)によって世界のことを知っていた。ある時に異性(いや、異性とも言い切れない何故か惹かれる生物)がいることに気がついてしまう。軟体生物はそれを確かめるために目を求めていた。それは恋を成就させるための切実な願いだった。軟体生物が作り出したのは渦だった――、そして渦はゆくゆく殻となった。目は作られなかった。ただし他の生物にはその美しさを観察されることになった。目を持ちたいという願いが、見られるものに代わってしまう。その皮肉が滑稽で、少し呆れるような展開だけれども何故だか哀しい。おそらく生物の進化にはそんな無駄があるからこそ魅力的なのだと思う。どこかで偶然に支配されているように思えるから生そのものが頼りない。


とても面白かったけれども、奇抜な話がつづくので最後の方は少しダレてしまった。一気に読むよりは何かの合間合間に読むぐらいが想像力が刺激されて丁度いいのかもしれません。

  

レ・コスミコミケ (ハヤカワepi文庫)

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