本棚のすき間でつかまえて

本の感想をばかりを書いているブログです。

エイモス・チュツオーラ「ブッシュ・オブ・ゴースト」 翻訳:橋本福夫

エイモス・チュツオーラ(1920-1997)はナイジェリアの作家であり、代表作「やり酒飲み」はアフリカ的マジックリアリズムとして世界各国で読まれている小説。今作「ブッシュ・オブ・ゴースト」は「やし酒飲み」の次に書かれた作品であり、アメリカのロックバンド「トーキング・ヘッズ」が今作品に感銘を受けて同じタイトルのCDアルバム「ブッシュ・オブ・ゴースト」を作っている、ということで知られている(僕はよく解らないんだけど、とりあえず影響力があったということを伝えたい)。今作は1990年代にちくま文庫で発刊されたものの、今は絶版。チュツオーラ作で一番有名な「やし酒飲み」は岩波文庫で発刊されているので気になる方はそこから入るのがいいのではないだろうか。

さて今作、冒頭が秀逸。遠くで銃声が聞こえたときに7歳の少年と兄はその音が面白くて踊りだしてしまう。しかし音が近くまで来た時になって、これはおかしいと気がついて二人はようやく逃げ始めた。しかし7歳の少年は足でまといになってしまう。だから少年は木の影に隠れることにして兄だけが逃げていった。やがて少年は近くのブッシュに気がついた。親からは絶対に入ってはいけないと言われていた場所だった。やむなく少年は禁を犯してブッシュのなかへと足を踏み入れた。ブッシュのなかに入るとそこは異世界――、タイトル通りにゴーストの世界が広がっているのである。
さてさて、アフリカのブッシュのなかにあるゴーストの世界――、みなさんならばどんな世界を想像するでしょうか。世界各国にはそれぞれの姿でゴーストとかオバゲとか人ならざる者が存在するわけだけれども、アフリカではどんな姿形をしているのか。
一番最初に少年が出会うのは「悪臭ゴースト」。どこか滑稽に思われるかもしれないが、コイツはとにかくおぞましい。愛嬌ゼロ、親しみゼロ、話が通じそうな感じはゼロなのである。つまり今作が描くゴーストとは気持ちわるく、汚らしく、なんなら腐っていたり(ゴーストだけど実体はあり幽霊のようにホログラム的ではない)、ただれていたり、めくれていたり、手足がなかったり、ゾンビ的でもあり、肉の寄せあつめとでも言うような読み手に嫌悪感を生むヤツらとして存在している(他にもいろいろなタイプがいるんだけど)。
そしてコイツらの行いがとにかく酷い。殴ったり蹴ったり食おうとしたり――、ただ少年はゴーストの世界では物珍しかったのか、ひとまず奴隷にされ重労働を課されることで許される(許されてないけど)。7歳の少年に対してである(日本でいうところの小学二年生にですよ)。飯を食わせない、水すら飲ませない。眠ることを許さない、働いて働いて働かされる。サボれば鞭が飛んでくる。殴られるどころか切り刻まれる。とにかく僕などでは耐えられそうにない状況に少年は追いやられていくわけなんです。
と書くと悲壮感が漂い目も当てられないような小説に思われるかもしれないが、そんなことはまったくないのが不思議なところ。惨いのは解るんだけど、ゴーストの存在も、やっていることも振り切っているから笑えてしまう。というか……、そもそも少年がたくましいのである。ひーひー言いながら、こんな臭い水は飲めたものじゃない!がっかりだ!なんて平然と言ってのける姿には破滅とか絶望とか、あるいは死が迫っているという感じはない。
この話はどういう経緯で書かれているのか――、おそらくその土地で受け継がれてきた話、伝承されて語られてきた話、先人の知恵によって出来上がった教訓を授けようとする話を、形をかえて伝えるというのがチュツオーラの意図するところなのだと思う。この手の話はどこの国にでもあって、ここで語られるゴーストというのを日本っぽく言うならば「アフリカ版の妖怪」とでも言ったところなのでしょう。

つまりはどんなことがあってもブッシュには入ってはいけなかったのである。アフリカのブッシュに潜む危険は想像を絶するものであって、それを寓話に置き換え恐怖によってそれぞれに植えつけようとする魂胆なのだと思われる。というのも少年が人間の世界に戻ってくるのにのには、なんと24年の歳月がかかっている。その間、少年は青年となり、やがて中年となるわけですが、ずーっと散々な目に合い続けているんです。とにかく酷いんです。
とは言え、これは形を変えた教訓話としての小説なのかと言われれば、それだけでは収まらないところが評価を得ているところなのでしょう。冒頭アフリカ的マジックリアリズムとして知られる、と書いたとおりにこれは幻想的な文学としてオリジナリティあふれるものに仕上がっている。日本ではこんな作風は生まれない。おそらく欧米でもこんな感じでは描かれない。どちらかというと南米文学に近いものはあるのかなぁ……
とにかくこれはチュツオーラという作家のぶっ飛んだ想像力を楽しむ小説――、小説の新しい可能性を感じる作品なのだと思う。 

ブッシュ・オブ・ゴースツ (ちくま文庫)

ブッシュ・オブ・ゴースツ (ちくま文庫)