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本棚のすき間でつかまえて

本の感想をばかりを書いているブログです。

辻仁成「人は思い出にのみ嫉妬する」

これは恋愛小説です。恋愛ドラマに求めるものは人それぞれで違うものだと思いますが、僕の場合――、解らなければ解らないほど恋愛の感情にはふさわしいように思えます。不可解だからこそ、自分が何に突き動かされているのか解らないほどに、そこに潜む感情は強いものなのではないか?などど思ってしまいます。以下感想です。

 

簡単なあらすじ 

一万人に一人の割合で水アレルギーをもつ人がいるらしい。
今作の主人公である栞(しおり)がそれになる。栞には現在、戸田という研究者の恋人がいる。戸田には過去に愛麗という恋人がいた。その昔、栞と戸田と愛麗は共通の知り合いだった。
このややこやしい関係には経緯がある。戸田とつき合っていた愛麗は交通事故で亡くなってしまうのです。悲痛に暮れた戸田を癒したのが栞だった――、その過程で二人は惹かれあい、結局はつき合うことになっていった。
しかし栞はことあるごとに戸田の思い出に嫉妬する。例えば戸田の家のベッドを見れば、ここで過去にあった愛麗との情事を想像してしまうのだ。栞の愛情はとても深かった。だから死んでしまった愛麗は栞の頭のなかでは亡霊となって彼女を苦しめ続けた。どんなことをしても戸田のなかにある愛麗を消し去ることは出来なかった。栞は何とかしたかった。しかしある時に栞は愛麗の死の真実を知る――愛麗の死の原因には少なからず栞に関わるものであり、その事実が栞を打ちのめしてしまう。そして栞は戸田の元を去っていく。上海へと逃げ、行方をくらませてしまうのである。

 

思い出のなかでしか計れないもの

繊細な文章で綴られていく話です。登場人物たちはどこか儚げな人が多かったように思います。著者の描写が終始一貫して美しく、それでいて危くもあり、きわどいバランスが保たれていたように思われます。
嫉妬とは負の感情でしょうか? これは人によって強弱があるものの誰しもが持つ感情であって、どうしようもないものなのかもしれません。例えばそれをコントロール出来たとして――、抑えることの出来る愛情とはどの程度のものなのか? それはそれで疑わしくなってしまいます。
我々は今を生きているので、今この瞬間の感情に素直になるのは当然なんだと思います。栞は戸田の思い出に嫉妬する――、それもかなり嫉妬する。その想いが強過ぎるために読者は行き過ぎる栞の愛が異常じゃないか? と疑いたくなります。
「愛し過ぎることは、愛していないことと一緒よ」と誰かが言う。
だから行き過ぎた栞の愛は二人を壊してしまう刃のようにも思われた。事実、その愛によって栞も戸田も傷ついた。ただ、すべてに嫉妬をする狂おしい愛――、それは相手がかけがえのない存在であることの裏返しなのかもしれません。おさえきれない愛情。結果はどうあれその強さは恋愛において正しいもののようにも思えます。

この小説の巧さは、答を出さないことにあります。恋は盲目と言いますが、例えばまっすぐな愛情だったとしても、その瞬間には正しいものかどうかは解らない。
いつの日にか振り返って、その時の感情を愛おしく思えるかどうか――、皮肉にも栞が嫉妬していた「思い出」というものに記憶が変わったときに解ることなのかもしれません。

  

人は思い出にのみ嫉妬する (光文社文庫)

人は思い出にのみ嫉妬する (光文社文庫)